2016年の12月、年の瀬に熊野古道を歩いてきました。
熊野古道は三重県の熊野三山(熊野本宮大社、那智大社、速玉大社)へ続く参詣道です。2004年にユネスコ世界遺産に登録されています。
熊野古道には、高野山から始まる小辺路、田辺から始まる中辺路、紀伊半島の南端を歩く大辺路、伊勢神宮から通じている伊勢路の4つの道があります。
その中でも僕は今回、最もメジャーな中辺路を歩きました。
中辺路は和歌山県、田辺市の滝尻王子から熊野本宮を目指す37.7kmの道のりです。
距離だけ見ると1日で歩けてしまいそうですが、ご覧のようにひたすら山の中を歩くので結構大変です。普通に歩くと2日かかります。
今回僕が熊野古道を歩こうと思ったきっかけは、1年前にスペインのCamino de Santiagoを歩いた事です。
このCamino de Santiagoも世界遺産に登録されている道であり、熊野古道とCamino de Santiagoは姉妹提携のようなものを結んでいます。
Caminoを歩いていた時に、途中で出会った人から「2つの道を歩くとDual Pilgrimというバッジをもらえる」という話を聞き、いつか歩かねばと思っていました。
そういった経緯もあって、今回の熊野古道はスペインの旅の延長戦のようなものでもありました。巡礼の旅に一旦の終止符を打つべく和歌山に向かいます。
day0:移動日(神奈川-紀伊田辺)
結構な知名度を誇る熊野古道ですが、関東からスタート地点に向かうまでは結構大変な道のりです。
まずは東海道新幹線で新大阪に向かう。
新大阪からは阪和線-紀勢本線の特急くろしおに乗り換える。
新大阪から2時間、紀伊田辺駅に到着する。
駅から出てすぐのところに観光センターがあります。
ここでまずは熊野古道の地図を入手し、道中の宿や交通機関の情報を教えてもらいます。
この旅で必須な巡礼手帳も忘れずに貰っておく。
世界遺産に登録されているからか、外国人の方が結構いました。英語を話せるスタッフが常駐しているところを見ると、1年通してかなりの数の外国人が熊野古道を訪れているようです。僕が歩いている時は日本人よりも外国人の方が多いくらいでした。
紀伊田辺駅からバスでスタート地点まで向かうのですが、ここまで移動するのに結構な時間がかかり、もう夕方なので紀伊田辺駅の近くで一泊します。
夜は駅前の飲み屋街へ。こじんまりとした飲み屋が立ち並ぶ、雰囲気のある細い路地が続きます。
観光案内の人に教えてもらったお店で焼き鳥と焼酎を頂きました。
day1:滝尻王子 – 近露
朝一番のバスでスタート地点の滝尻王子に向かう。
滝尻王子の近くには静かな川が流れている。素朴な山中にあって、日本的で落ち着く空気感を持っている場所。
中辺路のオリジナルルートは紀伊田辺の市街から始まっているものの、実質的な起点は滝尻王子にあります。
出発の前に小さな社殿に向かって手を合わせ、旅の無事を祈ります。神聖な巡礼路に入るという事で、いつもよりも丁寧にお祈りします。
いよいよ熊野古道、中辺路の始まり。初っ端から石階段の急な登り。
最初のチェックポイント、不寝王子に到着。
ところで、この「王子」ですが、プリンスの王子ではありません。
熊野古道の道中に点々とあるこの王子は簡単に言うと神社です。信仰の道をつなぎ、時には巡礼者が疲れを癒す場所でもありました。
神社といっても多くの王子は祠や鳥居が残っておらず、かつて存在したことを示す石碑だけが残っている。
朝の木漏れ日を浴びながら標高を上げていく。
飯盛山
スタートの滝尻王子からひたすら登り、やっと山のピークに到達。
飯盛山からあとは、小さなアップダウンが続く。
やがて小さな村に出る。しばらくは舗装路を歩く事になる。
高原熊野神社
スタート以来、初めてのまともな神社。
すぐ脇には休憩所が設けられている。ずっと登りが続いたのでここで一休みする。
神々を訪ねて王子や神社を巡る熊野古道の旅ですが、日本の田舎の風景を楽しむのもその魅力の一つです。
その景色は決して特別なものでもなく、派手なものでもないですが、静かで素朴な日本の姿が詰まった心に染みる景色です。
中辺路の道中には、このような道標がたてられています。道標には番号が付けられていて、最終地点近くの75番まで続いています。
今はまだ8番なので、まだ10分の1。結構歩いた気がしたのだけど・・・
森の中の石畳の道は熊野古道を代表する景色の一つ。
石畳は見た目の雰囲気はいいけど、急な下りでは歩きにくいので複雑な気分。
一つ大きな山のピークを越え、里に向けて下っていく。
山をひたすら下ると、かつて中辺路の宿場として栄えた近露の集落が見えてくる。
久々に歩く平坦な道。民家も多くなってきて少しホッとする。
時間がお昼時だったので、小鳥の樹という洋食屋さんに入ることにした。
古民家のレストランになっていて、中はお店というより普通の民家です。
カレーを注文した。和風テイストのカレーで不思議な味だけど、非常に美味しかった。
この先、ちょうどいいところに宿もなさそうだったので、この日は近露の民宿にお世話になることにした。
なんと宿泊客は自分以外みんな外国人という超特殊な環境だった。
夕食はみんな同じ部屋で食事をしていたので、オーストラリアから来た家族に日本語を教えたりしながら過ごした。
day2:近露 – 熊野本宮大社 – 川湯温泉
近露は全行程の半分より手前のポイントなので、まだまだ先は長い。
朝は早めに出発する。
2日目は大きな山は無いものの、アップダウンが連続する行程になる。
まずは最初のピークがある継桜王子に向けて登っていく。
山の上にある小学校。こんな静かなところで勉強できたらいいだろうなぁ。
標高を上げると下に雲海を見ることができた。
今まで標高の高い山でしか見たことがなかったので、こんなに小さな山で雲海が見れたのは新鮮だった。
秋から冬にかけて、寒い時期に歩けば雲海をみれるかもしれません。
桜継王子
山を登って来た身体には急な石段が辛い。でもこれは一応巡礼の旅。ちゃんとお参りを済ませていく。
桜継王子の隣には疲れを癒す為の茶屋がある。
平屋で土間のある昔ながらの造り。ここで頂くお茶とお菓子はさぞ美味かろうが、先を急いでるのでスルーする。
石畳の道を下っていく。雨上がりなどは滑りやすいので注意が必要。
森の中の峠。峠の上は開けた景色で達成感を味わいたいものだけど、これだけ視界がないと精神的な疲労が癒されない。
「達成感を味わうにはまだ早いぞ」と言われてる気がします。
なんと一部ルートが災害で通行止め。迂回路を歩くことになった。
この迂回路が厄介で、大きな峠を越えないといけなくなった。
迂回路は登山道そのものでキツい登りではあったものの、登山をするものとしては登りごたえのある楽しい道だった。
山を下ると森の中にひっそりと佇む湯川王子に辿り着く。
湯川王子から先は、再び峠に向けて登りになる。
急登を登り終えるとパッと開けた場所に出て、道は舗装路になる。
その先には三越峠関所跡がある。この三越峠が最後の峠であるため、この先はゴールまで下り基調になる。
今までの静かな自然とは一変して荒廃した廃村の景色が目に入る。
かつてここには「道の川」という集落があったという。住民の多くが林業を生業としていたものの、その林業が不況となり住民が減って廃村になったという。
日本全国を旅していると廃村を見かけることは珍しくはないのだけど、この廃村には他とは違う何か洗練された雰囲気を感じた。
調べて見ると、ここを去った住民が定期的に集落跡を訪れていて手入れをしているのだそう。周りに生えている木々も、住民がこの村を去る時に植えていったものだそうだ。
発心門王子
本宮大社前の最後の大きな王子。「発心門」というのは熊野本宮大社の聖域の入り口である事を示す言葉。いよいよ終わりが見えて来た。
九鬼ヶ口関所
かつてはここで、通行する参拝者から通行税が徴収されていたという。
関所跡から少し歩けば、ついに熊野本宮大社へ辿り着く。
普段鳥居を潜る時には何もせず潜るが、この時ばかりはしっかりと一礼をした。この巡礼の旅で神社の参拝作法がしっかりと身についた気がする。
社殿への入り口となる神門。
2017年の干支は「酉」であるため、鶏の絵が上部に飾られている。
この神門より先は神聖な領域になるので撮影は禁止。社殿は写真に収められなかったが、旅を締めくくるお詣りをした。
4つの社殿があり、それぞれに神様が祀られている。
実はこの社殿はかつては別の場所にあった。今いる場所は丘の上で、ここを下った大斎原という場所がもともとの社殿の場所。
大斎原の大鳥居。高さは約34mあり、日本最大の鳥居だという。
中洲に立つ大きな鳥居は古くからの人々の信仰の厚さを想像させる。この鳥居のインパクトは相当なものなので、是非実物を見て欲しい。
さて、神話にも疎いし信仰もない自分には別の最終目標がある。それは熊野本宮大社のすぐ近くにある、この「世界遺産 熊野本宮館」にある。
Dual Pilgrimの証明書とバッジ。これを貰いに来るのがこの旅の目的だった。
スペインのCamino de Santiagoを歩き、熊野古道を歩いたものだけがもらえるこの証明書。これは有名な称号なわけではないので、これを見て誰かが褒めてくれるとかそういうものではないのだけど、自分にとっては人生の1ページとなるくらいの大切なものだ。
証明書以上に感動したのは、熊野本宮館の外にあるこのCaminoの道標。
Caminoを歩いた時に幾度となく目にしたこの道標。刻まれた距離に一喜一憂した、そんな思い出が一気に蘇って来た。
この道標はCaminoの終着地であるSantiago de Compostelaのあるガリシア州から寄贈されたものらしい。10,755kmは本宮町からSantiago de Compostelaまでの距離を示している。
日本人なのにこんな事をいうのはおかしいけど、スペインに行かなければ熊野古道を歩くことはなかったと思う。遠く離れたスペインとこのような繋がりがあるのは、日本の自然と人々が育んだ素晴らしい文化があるからだ。2つの道を歩くことでそれを再認識した。そして、そんな日本に生まれた事を幸せに感じた。
思い出に浸っていたら日がくれてしまったので、熊野本宮から少し離れた川湯温泉に泊まることにした。
川湯温泉には川原からお湯が湧き出る「仙人風呂」という面白い温泉がある。あたりが真っ暗になってしまったので自分は入れなかったけど、また川湯温泉に来たら是非入ってみたい。
次の日、バスで紀勢本線の新宮駅へ向かい、特急に乗って自宅へ向かいました。
まとめ
熊野古道 中辺路は40km弱の短い道で、これと言って難所があるわけでもなく、これと言って絶景があるわけでもなく、ただ淡々と神社と神社を繋いでいく旅です。しかし、これほど飾らない日本の景色の中を歩く機会というのは中々ないと思います。熊野古道で出会う場所の多くは、普通の旅行ではそもそも行かない場所か、車であれば何も考えずスルーするような場所です。そのような場所にこそ本当の日本の姿というものがあると感じています。
熊野古道は日本の素朴な自然と人々の暮らしや文化に触れて、日本という国の素顔を再認識できる場所だと思いました。日本人であれば是非一度、熊野古道を歩いてみて欲しいです。
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